朝ドラ【ブギウギ】梅丸 大熊社長役とモデルは誰?升毅と松竹 白井松次郎について。

朝ドラ【ブギウギ】梅丸 大熊社長役とモデルは誰?升毅と松竹 白井松次郎について。 NHK朝ドラ
朝ドラ【ブギウギ】梅丸 大熊社長役とモデルは誰?升毅と松竹 白井松次郎について。

NHK朝の連続ドラマ小説「ブギウギ」。

主人公花田鈴子はブギの女王となる過程で梅丸少女歌劇団に入団します。

(宝塚に相当する花咲少女歌劇団を不合格になった為)

鈴子が入団した少女歌劇団を創設したのが大熊社長です。

見ためがとてもダンディな方です。

この大熊社長役を演じるのはベテラン俳優の升毅(ますたけし)さん、そして大熊社長のモデルとなったのはあの松竹の創設者の1人、白井松次郎です。

演じた人、演じられた人、この2人についてまとめてみました。

白井松次郎さんいついては独自の角度でまとめたので少々くどいかもですがどうぞよろしくお願いいたします。

スポンサーリンク

大熊社長社長役、升毅のプロフィール

名前 升毅(ます たけし)
本名 升毅
生年月日 1955年12月9日
年齢 67歳(2023年9月現在)
身長 180cm
血液型 O型
出身地 東京都生まれ、東京・大阪育ち
所属 ケイファクトリー

生まれは東京都。小学校1年生と2年生の1学期は大阪。小学校2年生2学期から卒業までは東京。中学校から大学までは再度大阪で生活しました。

東京では中野区と現・西東京市、大阪では吹田市に住み、高校は箕面自由学園高校で大学は近畿大学商経学部でした。

1975年のドラマデビュー後、様々なジャンルのドラマや舞台に出演し東京進出を果たし今や全国区のベテラン俳優です。

関西への愛着が強い方ですが、特殊な例を除き仕事は滅多に関西で仕事をしないそうです。

 

仮面ライダーアギトにも出演した升毅さん。

波留さん主演で人気となった2015年の朝ドラ「あさが来た」。波留さん演じるあさの厳格で優しい父親を演じたのが升毅さんです。

次に、升毅さんが演じた大熊社長のモデルとなった松竹創業者の白井松次郎と、松次郎が辿った劇場経営について深堀していきたいと思います。

スポンサーリンク

ブギウギ大熊社長のモデル、白井松次郎とは?

白井松次郎

ブギウギで梅丸の大熊社長のモデルとなったのは、松竹の創業者の一人である白井松次郎です。

名前 白井 松次郎(しらい まつじろう)
出生時 氏名 大谷 松次郎(~1897年)
生年月日 1877年(明治10年)12月13日
没年 1951年(昭和26年)1月23日
享年 75歳
生存年齢 145歳(2023年9月現在)
身長 ?cm
血液型 ?型
出身地 京都三条柳馬場(京都市中京区)

双子の弟・大谷竹次郎

松次郎と竹次郎

松竹の名前の由来は、「松」次郎と「竹」次郎の名前をそれぞれ一文字取ったもの。

設立当初は「松竹まつたけ)合名会社」と呼んだのです。

ちなみに東宝は「東京宝塚」からきているんですって!

白井松次郎、大谷竹次郎と一族が経営に関わった劇場

松竹の創業者、白井松次郎と大谷竹次郎とその家族は劇場経営を基盤とし、後の松竹王国を築きました。

この項では、一家の劇場経営の草創期を時系列でまとめました。

京都の新京極にはかつて数多くの劇場が存在しました。

それだけでも非常に興味深いのですが、更に松竹創業者が大きく関わっていることにより一層関心と興奮を覚えます。

 

劇場経営に落ち着くまでの松次郎と竹次郎の両親の仕事

松次郎と竹次郎の祖父は元薩摩藩士で訳があり京都に住むことに。

その息子で松次郎の父・大谷栄吉は、幼い頃に旅館業を営む大谷家に養子に出されましたが、そのうちに花相撲(本場所以外の巡業)で働くことになりました。、母は花相撲で物品を販売する権利を持った西村熊吉の娘。

明治中頃の大相撲

花相撲での物品販売の仕事とは、お茶やたばこ盆(灰皿、キセルなどを入れたケース)や座布団を貸したり売ったりしたもので、客席を周って販売したそうです。

たばこ盆イメージ

しかしながらこうした相撲の興行(巡業)による転戦家業は一家にとって決して裕福ではありませんでした。

そんな折に一家で定住できる仕事が舞い込み見事に方向転換しました。

それが次項に挙げる祇園座での稼業です。

祇園座

1885年(明治18年) 母方の祖父(西村熊吉)、花見小路にある祇園座の物品販売の権利を持つスポンサー(金主)となる。

念願の定住で一家総出でこの仕事に取り組みました。

松次郎と竹次郎は京都の番組小学校の1つ、都市立有済小学校に通う傍らこの仕事を精力的に手伝いました。

※祇園座は後に祇園館と改称

祇園座 出典:日文研データベース

歌舞伎座のあった場所は、祇園女紅場の製茶所当たりと言われており、現在に八坂如工場学園付近と思われます。当時は空き地が多く、今日(昭和46年当時)軒を並べた茶屋も無く環境として寂しい場所であったようです。

1890年(明治23年) 松次郎竹次郎兄弟、祇園館にて市川団十郎と初代中村雁治郎の芝居を観て衝撃を受ける。芝居興行を志すきっかけとなる。

東向座(大黒屋)

1892年 (明治25年)父栄吉、新京極の東向座の劇場と売店の金主となる。

正確な東向座の位置はわかりませんが、京都百年の年表によりますと新京極通り沿い(西側)にあり、六角通と蛸薬師通りの間にあったようです。

東向座は明治30年には神戸に続き日本で2番目に古い活動写真の試写会が行われた劇場として知られています。

阪井座

1895年(明治28年) 父大谷栄吉が京都新京極の阪井座の金主となり、大谷竹次郎が父の代理で興行主となる。これが松竹創業と地となり年となる。

 

松竹創業の地、京都新京極 阪井座

老朽化の阪井座を取り壊し、祇園館の建物を移築移転させ歌舞伎座と改称

阪井座→歌舞伎座 出典:松竹

夷谷座(えびすざ)

1895年(明治28年) 家元を離れ、白井亀吉のもとに働きに出ていた松次郎、夷谷座の興行主となる。

1897年(明治30年) 松次郎、白井亀吉に才覚を認められ養子となり白井姓を名乗る。

夷谷座。白井亀吉は夷谷座の売店の権利を有していた。
隣接して白井亀吉の家があり、本業のすし屋を営んでいたとか。

夷谷座:出典 文化デジタルライブラリー

夷谷座のあった場所は元京都ピカデリー・グルメシティ新京極。
現在ホテル;グレイスリー京都南館

阪井座→歌舞伎座

1899年(明治32年) 大谷竹次郎、阪井座を父から譲り受ける。しかし老朽化の為に興業許可がおりず。

1900年(明治33年) 祇園館の建物を購入し移転改築して歌舞伎座として開場。

常盤座→明治座

1900年(明治33年) 松次郎、京都新京極の常盤座を直営する。

1901年(明治34年) 常盤座全焼

1902年(明治35年) 常盤座消失後、同じ場所に明治座開業(のちの京都松竹座)

明治座

消失した常盤座跡地に明治座開場 出典:松竹

明治座(常盤座)の有った場所

南座

1905年(明治38年) 白井松次郎と大谷竹次郎の双子の兄弟で「松竹(まつたけ)合名会社」設立。

1906年(明治39年) 京都四条南座を買収。松竹合名会社が経営することになりました。

明治期の南座:出典 松竹

スポンサーリンク

白井松次郎が松竹に歌劇団を創設した流れは?

1914年 阪急グループ創設者小林一三により、宝塚少女歌劇団(宝塚唱歌隊)が結成されました。これを機に少女歌劇の歴史が始まり、各所で少女歌劇団が誕生しました。

そして1921年 楳茂都陸平(宝塚音楽歌劇学校の舞踊講師)の公演を観た白井松次郎は、松竹にも少女歌劇団を創設したいという気持ちを強く持ちました。

こうした流れで1922年、宝塚から楳茂都陸平(うめもとりくへい)、作曲家の原田潤、松本四郎の3名を松竹に招聘して、大阪松竹合名会社分室に「松竹楽劇部生徒養成所」を創設しました。

1923年には興行を開始しました。

笠置シヅ子は、1927年(昭和2年)に宝塚受験に失敗し、同年、松竹楽劇部生徒養成所に入所を果たしました。

松竹芸能設立はいつ?白井松次郎との関りは?

朝ドラ「ブギウギ」ではドラマの中で吉本興業がモデルとなっている村山興業が登場します。

松竹芸能が登場するとしたら名前は梅丸芸能

果たして登場するのか?(気になる人はそんなにいないかも)

まずは松竹芸能と白井松次郎の関わりを見てみます。

吉本興業と上方演芸界の双璧と言われる芸能プロダクション、松竹芸能は1958年設立です。

松竹の創業者であり松竹少女歌劇団の設立者でもある白井松次郎は1951年に死去しています。

松次郎が生前上方演芸界への進出構想を持っていたかはわかりません。

しかしこうした時系列から、松竹芸能設立には白井松次郎は関わっていないと思われます。

松竹芸能の成り立ちは、新生プロダクション上方演芸という2つのプロダクションが合併した際に松竹が資本参加株式会社松竹新演芸が設立されたのが最初。

その数年後に、経営強化の為に松竹が増資して大谷竹次郎が社長に就任しました。

白井松次郎は松竹芸能に関わってませんが、弟の大谷竹次郎は松竹芸能に関わっていますね。

笠置シヅ子は1957年に歌手業から退きました。時系列から言うとその翌年1958年に松竹芸能設立。 もし実際にシヅ子と松竹芸能と関わりがあったなら、ブギウギには梅丸芸能が登場する可能性はあるのでしょうね。

ブギウギ大熊社長、升毅さん、松竹創業者白井松次郎について

京都の新京極と言えば、とにかく有名な京都の繁華街であり、京都に修学旅行で訪れる学生にとっては練り歩くのが楽しいエリアですよね。

この新京極が松竹にとって創業の地であることは知られているようで実はそうではないのかもしれません。

ブギウギ登場の大熊社長を通じて、松竹創業者についてよく知ることができ、新京極についても数多く存在した劇場についても知ることができました。

これもブギウギと升毅さんのお陰様です。

次の京都旅行は、新京極の劇場跡巡りと東山の小学校跡地巡りにしようと思っています!!

コメント

タイトルとURLをコピーしました