女子バレーボールのSV.LEAGUE WOMENに参戦する「Astemoリヴァーレ茨城」が、2027年7月1日からホームタウンを茨城県ひたちなか市から神奈川県横浜市へ移します。
1980年に「日立佐和女子バレーボール部」として誕生して以来、約半世紀にわたって茨城を拠点としてきたチームにとって、大きな転機となります。
では、なぜ横浜なのでしょうか。
調べてみると、チームだけでなく母体企業のAstemoも大きな転換期を迎えており、さらに新たなホームアリーナとなる予定の横浜国際プールにも大規模な再整備計画が進んでいました。
この記事では、日立佐和から続くチームの歴史や主な成績、日本代表として活躍した選手、母体企業の変化をたどりながら、現在のホームタウン・ひたちなか市と新天地・横浜の位置関係、横浜国際プールの今後、そして移転後も続く茨城との関係を確認します。
Astemoリヴァーレ茨城が2027年に横浜へ
Astemoは2026年6月4日、女子バレーボールチーム「Astemoリヴァーレ茨城」のホームタウンを、2027年7月1日から神奈川県横浜市へ移転すると発表しました。
現在のホームタウンは、Astemo佐和工場がある茨城県ひたちなか市です。
新しいホームアリーナには、横浜市都筑区にある「横浜国際プール」が予定されています。
横浜市によると、Astemoリヴァーレ茨城は横浜市を本拠地とする初のSV.LEAGUE参戦バレーボールチームとなります。
なお、2026年8月現在、チームの正式名称は「Astemoリヴァーレ茨城」です。「Astemoリヴァーレ横浜」など、移転後のチーム名称については現時点で正式発表されていません。
ひたちなかから横浜へ|地図で見る新旧ホームタウン
現在のホームタウン・ひたちなか市と、新しいホームタウンとなる横浜市を広域で見ると、チームが活動の中心を大きく南西へ移すことが分かります。
ひたちなか市から横浜市への位置関係。Astemoリヴァーレ茨城は2027年7月にホームタウンを横浜へ移す
単に試合会場を変更するだけではなく、約半世紀にわたって茨城を中心に歩んできたチームのホームタウンそのものが変わることになります。
チームの原点は1980年の「日立佐和」
Astemoリヴァーレ茨城の歴史は、1980年11月21日に発足した「日立佐和女子バレーボール部」までさかのぼります。
「佐和」という名称は当時の工場名に由来します。チームは日立国分工場から移管されて誕生し、地域リーグからスタートしました。
1984年に実業団リーグへ昇格。1997年にはVリーグへの初昇格を決め、この時期に「リヴァーレ」の名称も誕生しています。
その後、2010年に「日立リヴァーレ」、2021年に「日立Astemoリヴァーレ」、2024年には現在の「Astemoリヴァーレ茨城」へと名称が変わりました。
| 1980年 | 日立佐和女子バレーボール部として発足 |
| 1984年 | 実業団リーグへ昇格 |
| 1997年 | Vリーグ初昇格、「リヴァーレ」の名称が誕生 |
| 2010年 | 日立リヴァーレへ名称変更 |
| 2021年 | 日立Astemoリヴァーレへ |
| 2024年 | Astemoリヴァーレ茨城へ |
| 2027年 | 横浜市へホームタウン移転予定 |
1980年の創部から数えると、横浜へ移る2027年は47年目。今回の移転は、チーム史の中でも大きな節目といえます。
江畑幸子ら日本代表・五輪選手も輩出
リヴァーレの歴史を振り返るうえで欠かせないのが、日本代表で活躍した選手たちです。
江畑幸子|ロンドン五輪で銅メダル
代表的な選手の一人が江畑幸子さんです。
日立リヴァーレ所属時代に日本代表として活躍し、2012年のロンドンオリンピックでは、日本女子バレーボール代表の28年ぶりとなる銅メダル獲得メンバーとなりました。
チームの公式沿革にも、江畑選手がロンドンオリンピックで銅メダルを獲得したことが記録されています。
佐藤あり紗|リオ五輪に出場
リベロとして活躍した佐藤あり紗さんも、日立リヴァーレから日本代表へ進んだ選手です。
2016年のリオデジャネイロオリンピックに出場し、日本代表は5位に入りました。
佐藤美弥|日本代表を支えたセッター
セッターの佐藤美弥さんも長くリヴァーレでプレーし、日本代表として活躍しました。
チームが創部初のV・プレミアリーグファイナル進出を果たした2015-16シーズンを支えた選手の一人でもあります。
こうして歴史を振り返ると、リヴァーレは企業スポーツとして長く活動してきただけではなく、日本代表やオリンピックの舞台へ選手を送り出してきたチームでもあります。
日本一まであと一歩|リヴァーレの主な成績
チームは国内主要大会でもたびたび上位へ進出しています。
| 大会・シーズン | 成績 |
|---|---|
| 2006年 黒鷲旗 | 準優勝 |
| 2014年度 天皇杯・皇后杯 | 準優勝 |
| 2015-16 V・プレミアリーグ | 準優勝 |
| 2016年度 天皇杯・皇后杯 | 準優勝 |
| 2016-17 V・プレミアリーグ | 3位 |
| 2017年 黒鷲旗 | 準優勝 |
| 2019年 黒鷲旗 | 準優勝 |
特に2015-16シーズンは創部初となるV・プレミアリーグのファイナルへ進出し、準優勝を記録しました。
何度も国内主要大会の決勝まで進みながら、トップカテゴリーの主要タイトルではあと一歩のところまで迫ってきた歴史があります。
2025-26シーズンを終えたチームは、2026-27シーズンを経て、翌2027-28シーズンから横浜を新たなホームタウンとして戦うことになります。
母体企業も「日立」から「Astemo」へ
チームの名称が変化してきた背景には、母体企業そのものの大きな変化があります。
2021年、日立オートモティブシステムズ、ケーヒン、ショーワ、日信工業の経営統合によって「日立Astemo」が発足しました。
その後も資本構成の見直しが進み、2025年4月には社名から「日立」が外れ、「Astemo株式会社」へ商号変更しています。
Astemoは自動車や二輪車向けの各種システムを手がけるモビリティ企業として事業を展開しており、企業側も大きな転換期にあります。
チームの横浜移転と、こうした企業側の変化に直接の因果関係があるとは公式には説明されていません。
ただ、日立佐和として誕生したチームがAstemoリヴァーレへ変わってきた約半世紀は、母体企業の歩みとも深く重なっています。
現在のホームはひたちなか市総合運動公園
現在のホームタウンは茨城県ひたちなか市です。
ホームゲームは、ひたちなか市総合運動公園総合体育館のほか、日立市池の川さくらアリーナなどでも開催されています。
ひたちなか市総合運動公園総合体育館。周囲には陸上競技場やスポーツ施設が集まる
なぜ横浜へ移転するのか
今回の移転を考えるうえで重要なのが、SVリーグのホームアリーナ要件です。
SVリーグでは2030-31シーズンから、原則として入場可能数5,000席以上というホームアリーナ基準が示されています。
SVリーグ自身も、地方都市では人口減少やアリーナ建設費の高騰によって、5,000席規模の施設整備・運営がクラブや自治体に大きな負担となる場合があると説明しています。
Astemoも移転理由について、将来のクラブライセンス要件を踏まえ、将来にわたりSVリーグで競技活動を継続していくための環境整備であると説明しています。
そのうえで選択肢を検討した結果、トップリーグで競技を続け、チームを成長させながら地域スポーツにも継続的に貢献できる環境として横浜市を選びました。
単に茨城を離れて大都市へ移るというより、SVリーグが目指す将来像と、チームが長期的に活動できる環境を考えた移転と見る方が実態に近そうです。
新ホーム・横浜国際プールはどこにある?
新しいホームアリーナとして予定されている横浜国際プールは、横浜市都筑区北山田7丁目にあります。
神奈川県内で見た横浜国際プールの位置
さらに拡大すると、横浜市北部の港北ニュータウンに近い住宅地の中に位置していることが分かります。
横浜国際プールは横浜市都筑区北山田に位置する
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「プール」がバレーボールのホームになる理由
名称だけを見ると、「なぜバレーボールチームのホームが横浜国際プールなのか」と感じるかもしれません。
横浜国際プールのメイン施設は現在、夏季には50mのメインプール、冬季には床を設置したスポーツフロアとして運用されています。
つまり、現在でも一年中プールとして使われている施設ではありません。
横浜国際プールを3D表示で確認。横浜市都筑区の高台に大規模な施設がある
そして、この施設は今後さらに大きく変わる計画です。
横浜国際プールは「通年アリーナ」へ再整備
横浜市が進めている再整備計画では、現在メインプールとして使われている空間を通年スポーツフロアとして活用できるアリーナへ再整備する方針が示されています。
将来は、夏にプール、冬にスポーツフロアへ切り替える現在の方式ではなく、一年を通してスポーツ大会や興行などに利用できる施設へ変わる計画です。
観客席も現在の約5,000席から、固定席・移動観覧席を合わせて6,000席以上を確保する計画となっています。
大型映像装置や空調・音響設備など、興行を意識した機能の強化も進められます。
2026年8月現在、横浜市はPFI方式による再整備事業を進めている段階です。そのため、完成時期や最終的な施設仕様については今後変更される可能性があります。
Astemoリヴァーレの横浜移転と、横浜国際プールの再整備には、それぞれSVリーグ参戦と公共施設再整備という背景があります。公表資料から両計画が一体で進められたとまでは確認できないため、その点は分けて見る必要があります。
横浜国際プールは川崎市にも近い|新たな観戦エリアにも
川崎市との境界にも近い横浜国際プール
横浜国際プールは横浜市都筑区にありますが、地図を広げて見ると川崎市との市境にも近い場所に位置しています。
横浜市内だけでなく、川崎市宮前区や高津区などからも比較的近い地域です。
中原区方面を含め、横浜市北部と川崎市側をまたいだ生活圏から新たに試合を観戦する人が増える可能性もありそうです。
NECレッドロケッツ川崎との「近隣対決」にも注目
さらに興味深いのが、同じSV.LEAGUE WOMENに「NECレッドロケッツ川崎」が参戦していることです。
NECレッドロケッツ川崎は川崎市をホームタウンとし、川崎市とどろきアリーナなどでホームゲームを開催しています。
AstemoリヴァーレとNECレッドロケッツ川崎は現在も同じリーグで対戦しています。横浜移転後は、神奈川県内にホームタウンを置く女子SVリーグチーム同士の対戦になります。
現時点でリーグや両チームが「神奈川ダービー」などの名称を公式に掲げているわけではありません。
それでも、横浜と川崎という近接した地域を本拠地とするチーム同士だけに、今後は地域色の強いカードとして注目される可能性があります。
横浜にとっては初のSVリーグチーム
今回の移転は、受け入れる横浜側にとっても新しい動きです。
横浜市によれば、Astemoリヴァーレは横浜市を本拠地とする初のSV.LEAGUE参戦バレーボールチームになります。
市はチームとの連携・協働を通じて、競技普及や地域貢献活動などを展開し、「スポーツ都市横浜」の実現につなげる方針を示しています。
2026年6月にはチーム関係者と選手が横浜市長を訪問しました。
約47年の歴史を持つチームですが、横浜では「新しくやって来るチーム」として、新たに地域との関係を築いていくことになります。
横浜移転で茨城との関係はどうなる?
長く応援してきた茨城のファンにとって気になるのは、横浜移転後も茨城とのつながりが残るのかという点でしょう。
Astemoは、ひたちなか市を今後「マザータウン」と位置づけ、関係を継続するとしています。
移転後もSVリーグ公式戦の一部を茨城県内で開催するほか、バレーボール教室、子どもたちの育成、地域交流などを続ける予定です。
ホームタウンは横浜へ変わりますが、約半世紀にわたって築かれてきた茨城との関係までなくなるわけではありません。
「ホームタウンは横浜、ルーツとマザータウンはひたちなか」という新しい形で、両地域との関係が続いていくことになります。
日立佐和から横浜へ|リヴァーレの新しい時代
1980年、日立佐和女子バレーボール部として始まったチームは、企業再編やリーグ制度の変化を経験しながら、2027年に横浜という新しいホームタウンへ向かいます。
その間には、江畑幸子さんをはじめ日本代表やオリンピック選手を送り出し、V・プレミアリーグや天皇杯・皇后杯、黒鷲旗では何度も決勝へ進出してきました。
一方、母体企業も「日立Astemo」から「Astemo」へ変わり、企業そのものも新たな段階に入っています。
新ホームとなる横浜国際プールでは、6,000席以上を確保する通年型スポーツアリーナへの再整備計画が進められています。
さらに周辺には川崎市があり、同じSV.LEAGUE WOMENを戦うNECレッドロケッツ川崎との近隣対決という新たな楽しみも生まれそうです。
横浜では新しいSVリーグチームとして地域との関係を築き、ひたちなか市は「マザータウン」としてチームとのつながりを残します。
ホームタウン移転は、47年間の歴史を終わらせるものではなく、その歴史を引き継いで新しい地域へ活動を広げる節目と見ることができそうです。
国内主要大会で何度も準優勝を経験してきたリヴァーレが、新天地・横浜でどのような歴史を重ねていくのか。2027年の移転に向けて、横浜国際プールの再整備とともに今後の動きが注目されます。








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