ベルギーで、住宅の改修工事中に推定900万ユーロ(約16億6000万円)相当の金塊や金貨が発見され、大きな話題になっています。
金が見つかったのは地下室の壁の中。しかも、現在使われている一般的な建物ではなく、100年以上の歴史を持つ旧醸造家の邸宅でした。
では、16億円を超える金が見つかった場所はベルギーのどこなのでしょうか。
現地報道やベルギー・フランデレン政府の文化遺産資料、Googleマップを照合して現場を確認します。
さらに調べていくと、この邸宅に暮らしていたVan Assche(ファン・アッシェ)家には興味深い歴史が残されていました。
後半では、約70年間にわたってこの場所で醸造業を営んだ一家の歴史と、今回発見された金との関係を追います。
ベルギーで16億円の金塊が見つかった場所はどこ?
金塊が発見されたのは、ベルギー北部のフランデレン地域にある東フランドル州デンデルモンデ(Dendermonde)です。
より詳しく見ると、デンデルモンデ中心部の南側に位置するSint-Gillis-bij-Dendermonde(シント・ヒリス・バイ・デンデルモンデ)地区になります。
まず広域地図で位置を確認します。
デンデルモンデは、首都ブリュッセルの北西側、アントワープとヘントの間に位置する都市です。
今回の発見現場として報じられているのが、Sint-Gillis地区を通るVan Langenhovestraatです。
金塊が発見された旧醸造家住宅をGoogleマップで確認
現地の資料をさらに確認すると、Van Langenhovestraatには現在もVan Assche家の旧醸造家住宅が残されています。
ベルギー・フランデレン政府の建築遺産データベース「Inventaris Onroerend Erfgoed」には、
Van Langenhovestraat 20, Dendermonde
の建物が「Brouwerswoning(醸造家住宅)」として登録されています。
同資料によると、この住宅は醸造家Theophilus Van Asscheが1899年にこの通りで自身の醸造所を開いた後、1900年前後から遅くとも1912年以前に建てたものとされています。
現場周辺をGoogleマップで拡大します。
そしてStreet Viewで確認すると、道路沿いに歴史を感じさせるレンガ造りの建物を見ることができます。
フランデレン政府の文化遺産資料では、建物は4区画・2階建ての独立住宅で、前庭や鉄製の門なども記録されています。
つまり今回、巨額の金が発見された場所は、単なる古い住宅ではありません。
19世紀末から続く醸造家一族の歴史を残す邸宅だったのです。
ここから、この建物の過去を追ってみます。
金塊が見つかった邸宅の主、Van Assche家とは?
この場所の歴史をさかのぼると、1899年にたどり着きます。
地元デンデルモンデの醸造史資料「BIER VAN HIER」によると、醸造所を創業したのはTheophiel(Theophilus)Van Asscheでした。
Van Asscheはもともと、義兄Albert Herman De Clercqが経営する醸造所で働いていた醸造職人でした。
その後独立し、1899年、新しく整備されたVan Langenhovestraat沿いにBrouwerij Van Assche(Van Assche醸造所)を建設します。
現在残っている旧醸造家住宅も、この創業後に建てられたものです。
第一次世界大戦を乗り越えて醸造を再開
Van Assche醸造所の歴史は順調なものばかりではありませんでした。
第一次世界大戦中には醸造所の一部が取り壊される被害を受けています。
しかし戦争が終わると醸造を再開。
Van Assche家の醸造事業はその後も続いていきます。
そして1922年、創業者Theophiel Van Asscheが死去しました。
普通ならここで事業の大きな転換点を迎えそうですが、Van Assche家は醸造所を手放しませんでした。
創業者の死後、妻と未婚の3人の子どもが醸造所を継いだ
Theophielが亡くなった後、醸造事業を引き継いだのは未亡人と3人の子どもでした。
地元史料には、3人の子どもはいずれも未婚だったと記録されています。
一家は単に既存の醸造所を維持しただけではありません。
その後、醸造所を大幅に拡張しました。
新たな設備として記録されているのが、
- 新しい地下室
- 瓶詰め設備
です。
Van Assche醸造所では「Gillis-bier」「Bock」「IJzeren Band」「Vana」などのビールを造り、樽だけでなく瓶でも販売していました。
創業者を失った後も、一家が本格的な醸造事業を続けていたことが分かります。
Van Assche家は「新しい地下室」を増設していた
ここで今回の金塊発見と重なる、興味深い事実があります。
1922年以降、妻と3人の子どもが醸造所を拡張した際、地元史料には「新しい地下室(nieuwe kelders)」を設けたと記録されています。
そして2026年、巨額の金が発見された場所も地下室の壁でした。
ただし、ここは慎重に見る必要があります。
1922年以降に増設された地下室と、今回金が見つかった地下室が同じ場所だったことは確認されていません。
また、地下室の増設時に金が隠されたことを示す資料もありません。
それでも、この建物の歴史を調べると「Van Assche家が醸造所を拡張し、新しい地下室まで設けていた」という記録が残っていることは、今回の発見を考えるうえで興味深い事実です。
1970年、約70年間続いたVan Assche醸造所が閉鎖
Van Assche家による醸造は、1899年の創業から約70年間続きました。
しかし1970年、一家はビール醸造を終了します。
地元醸造史資料によると、Van Assche醸造所の顧客や取引関係にあった多くのカフェは、ブリュッセルのWielemans醸造所に引き継がれました。
こうしてVan Assche家の醸造事業は幕を閉じます。
一方で、現在まで残ったのが、今回金塊発見で注目されることになった旧醸造家住宅です。
1970年以降、この邸宅はどうなった?
ここには、まだ分からない部分があります。
1970年に醸造を終了してから、現在この建物を利用している福祉団体CAW Oost-Vlaanderenにつながるまでの詳細な所有・利用履歴については、今回確認した公的資料だけでは完全には追えませんでした。
現在の建物については、フランデレン政府の文化遺産台帳に「Brouwerswoning」として登録され、歴史的価値を持つ建物として残されています。
そして2026年、CAW Oost-Vlaanderenが建物の大規模な改修を進めていました。
その工事中、下水管を設置するため基礎付近を掘っていた作業員たちが、地下室の壁に隠されていた大量の金を発見します。
発見した作業員の中には、夏休みのアルバイトとして働いていた18歳の学生もいました。
なぜ16億円もの金が壁の中に?Van Assche家との関係は
ここまでVan Assche家の歴史を追うと、
「では、金はVan Assche家が隠したものだったのでは?」
と考えたくなります。
実際、
- Van Assche家は長期間この場所で醸造事業を営んでいた
- 1899年から1970年まで約70年間にわたり醸造を継続した
- 創業者の死後も妻と3人の子どもが事業を継承した
- 醸造所を大幅に拡張していた
- 新しい地下室を設けた記録が残っている
- 今回、旧醸造家住宅の地下室の壁から巨額の金が発見された
という事実があります。
しかし、これらを結びつけて「Van Assche家が金を隠した」と断定することはできません。
現時点では、誰が、いつ、なぜ金を壁の中に隠したのかは判明していません。
ベルギー当局も金の出所について捜査を進めており、盗品や犯罪行為に関係する財産ではないかという点も含めて確認されています。
約100年以上の歴史を持つ建物だけに、金が隠された時期そのものが分からなければ、所有者を特定することも容易ではありません。
発見された金塊・金貨は最終的に誰のものになる?
もう一つ大きな関心を集めているのが、約900万ユーロの財宝を最終的に誰が受け取るのかという問題です。
現時点では正当な所有者は確定していません。
ベルギーでは、元の所有者が名乗り出る可能性も考慮しながら法的な手続きが進められることになります。
また、今回の金が犯罪行為に由来するものだった場合には、単純な「埋蔵財宝」として扱えない可能性もあります。
そのため、
「発見した作業員と建物側が16億円を分けることが決まった」わけではありません。
まずは検察による金の出所の調査が重要になります。
まとめ|金塊が見つかった場所とVan Assche家の歴史
ベルギーで約16億6000万円相当の金塊・金貨が発見された場所について調べました。
金が見つかったのは、ベルギー東フランドル州デンデルモンデのSint-Gillis-bij-Dendermonde地区です。
現場となったのは、Van Langenhovestraatに残る旧醸造家住宅。
この場所では1899年、Theophiel Van Asscheが醸造所を創業しました。
1922年に創業者が亡くなった後も、妻と未婚の3人の子どもが醸造事業を継承。醸造所を拡張し、新しい地下室や瓶詰め設備まで設置しています。
そして1970年、約70年間続いた醸造事業は終了しました。
それから半世紀以上。
旧醸造家住宅の改修工事中、地下室の壁から巨額の金が姿を現しました。
金はVan Assche家が残したものなのか。それとも、まったく別の人物によって隠されたものなのか。
現時点では、金塊とVan Assche家を直接結びつける証拠は確認されていません。
約100年の時を経て壁の中から現れた財宝の素性については、今後の捜査や調査で新たな事実が明らかになる可能性があります。
※本記事は2026年8月15日時点の現地報道、ベルギー・フランデレン政府の建築遺産資料、デンデルモンデ地域の醸造史資料などをもとに整理しています。金塊の所有者・由来については現在調査中であり、新たな情報が判明した場合は内容を更新します。
出典・参考資料
本記事の作成にあたり、以下の現地報道・公的資料・地域史資料などを参照しました。
- Inventaris Onroerend Erfgoed(フランデレン政府建築遺産データベース)
Van Langenhovestraatに残る旧醸造家住宅(Brouwerswoning)の所在地、建築年代、Theophilus Van Asscheと醸造所の歴史などを確認。 - BIER VAN HIER ― デンデルモンデ地域の醸造史資料(PDF)
Van Assche醸造所の1899年創業、1922年以降の家族による事業継承、地下室・瓶詰め設備の増設、1970年の醸造終了などを参照。 - Het Nieuwsblad ― デンデルモンデでの金塊発見に関する現地報道
金塊・金貨の発見状況、改修工事、発見者や建物側の反応などを参照。 - Het Nieuwsblad ― 金塊の由来とVan Assche家を追った続報
旧所有者であるVan Assche家の人物像や、発見された金の由来をめぐる現地での調査・見方を参照。 - TV Oost ― Goudvondst Dendermonde
デンデルモンデで発見された金塊に関する現地報道およびVan Assche家の歴史に関する情報を参照。 - The Guardian ― Belgian student strikes gold worth €9m while digging sewers
金塊発見の経緯、現場となった旧醸造所・邸宅、現在の改修工事や捜査状況などを参照。 - Google Maps / Google Street View
デンデルモンデ、Sint-Gillis-bij-Dendermonde、Van Langenhovestraat周辺の位置関係および現地の建物外観の確認に使用。
※出典・参考資料は2026年8月15日時点で確認したものです。発見された金塊・金貨の由来や所有者については現在も調査が続いており、本記事では確認できた事実と推測を区別して記載しています。






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